日 本 刀 の 歴 史 back top
新刀時代(1596年〜現在)
  新刀とは豊臣秀吉が天下を統一して伏見桃山に居城を構えてから、徳川三百年の大平の世を
 経て、明治、大正、昭和、平成の今日に至るまでの期間をいいます。特に文化、文政期より現
 代までの作刀を新々刀と称して、新刀を更に細分しています。
  新刀という言葉は、享保頃から盛んに用いられました。「新刃」(あらみ)から転出した言
 葉で、鎌田魚妙著『新刀弁疑』以後新刀という字句が著書に現れるようになり、一般に普及し
 たものです。
  新刀時代の初期、つまり豊臣秀吉の伏見、桃山時代には、京都を中心に諸国より新たな刀工
 が続々と集まり、埋忠明寿を統領として埋忠吉信、東山美平、細川国広、和泉守国貞、河内守
 国助、肥前国忠吉等の系統が生まれまた美濃国より志津三郎兼氏九代の孫とよぶ兼道が来たり
 いわゆる京五鍛冶を起しました。
  大阪城の完成と共に、商業の中心地として発達した大阪には、全国の大名、武士、帯刀を許 
 された個人たちの注文が殺到し、津田助広、井上真改、河内守国助、近江守忠綱、伊勢守国輝
 等新刀の名手が輩出しました。
  一方、江戸に徳川幕府が樹立されると、越前国から御紋康継、長曾祢虎徹、駿河国から野田
 繁慶、近江国から石堂是一、但馬国から法城寺正弘等が来て、江戸鍛冶繁栄の基礎を築きまし
 た。
  また、武家制度の確立と共に、諸国の城下町には必ず刀工が門戸を張り、立派な作品を造っ
 ています。つまり、慶長より寛文頃までの作品は、鎌倉時代の作風を手本とした優秀なもので
 したが、徳川も中期の太平の世にはいると、武士道の廃頽につれて刀工の技量は低下し、特に
 元禄頃から華美柔弱の風調につれて刀の姿が優しくなり菊水刃、簾刃、富士見西行等絵画的
 な、本筋を離れた華美な刃文が京、大阪を中心とした刀工によって数多く製作されています。
  しかし徳川時代も末期の文化、文政頃になると、尊皇攘夷の声が高く、世上は物情騒然とな
 り、武家思想の変動とともに鍛刀界にも大転換が行われました。すなわち、この時代以降の作
 刀を新々刀とよびます。
  東では水心子正秀が簡素化された新刀の鍛刀法を改め古刀の鍛錬法に復元したいわゆる復古
 鍛錬法(新刀は品位がなく実用に際しても厳寒の際などは折れ易いので南蛮鉄などを用いずも
 う一度鎌倉時代の古作の備前や相州伝のように砂鉄から鍛錬する古法に則った一貫作業を行う
 べきであるという節)を提唱して、諸国の刀工達の共鳴を得ました。また西の京都では、南海
 太郎朝尊が教育家的立場から古刀鍛刀術を説き、多数の門人を集めました。そしてこの時代は
 古刀の名作の模倣が盛んに行われ、特に古刀の備前伝と相州伝の写し物や模倣がその主体をな
 しています。
  また、一方では世情を反映して薩摩、長州、土佐、肥前等の動王志士の需要に応じて反りの
 ほとんどないしかも身幅の広い実用的な剛刀も一部造られ、新刀初期に劣らない繁栄を見まし
 た。
  すなわち江戸においては、水心子正秀門下として荘司直胤、細川正義、固山宗次、長運斎綱
 俊、また四谷正宗と推称された山浦源清麿とその門人粟原信秀、清人などが活躍し、関西では
 南海太郎朝尊、月山貞吉、尾崎助隆、薩摩国では大和守元平、伯耆守正幸その他土佐国の左行
 秀、因州の寿格等が名高いのです。
  しかし、明治維新の大改革は社会情勢を一変させ、欧米文明の進入とともに封建的な遺風は
 ことごとくたれ特に明治9年廃刀令の発布によって、伝統を守り続けてきた刀工たちは、職業
 の転換を余儀なくされ、刀剣は全く無用の長物と化しました。しかし刀剣は美術品としてその
 後同好者の努力や、明治天皇がひじょうに刀剣を愛好されたことなどから、当時芸術界最高の
 名誉であった帝室技芸員に月山貞一、宮本包則が選ばれるなど鍛刀技術の保護に僅かながらの
 光明が保持されてきました。
  昭和の世になると軍部勢力の拡大にともない、軍刀熱が盛んになり、いわゆる軍刀ブームの
 時代にはいり、特に昭和12年前後から第二次世界大戦にわたり、軍刀はいよいよ不足し製作
 はとても需要に応じきれず、刀のかっこうさえしていれば何でも高価に売買されたので、無鍛
 えの似而非刀で普通"昭和刀"と呼ばれる速成品まで大量に現れました。
  技術の点は別問題として、ちょうど鎌倉初期の後鳥羽上皇の御番鍛冶全盛期を彷彿させるほ
 ど、次から次へと数多くの刀工の輩出を見ていましたが、終戦と同時に刀剣の製作は禁止さ
 れ、その上所持さえ難しい状態となり刀剣界は明治維新当時以上に火の消えたような悲運に見
 舞われたのです。
  その後社会情勢の変化などもあり、銃砲刀剣類等所持禁止令が銃砲刀剣類所持等取締法に改
 正されて、刀剣の個人所有が認められ、売買も一応自由になり、また昭和28年武器製造法が
 公布され、刀工は文化財保護委員会の承認を得て、愛刀家の需要に応じられるようになりまし
 た。
  新刀時代の代表的な刀工は次のとおりです。
 京都
   埋忠系・・・・明寿、重義、吉信,東山美平
   堀川系・・・・国広、国安、出羽大掾国路、大隅掾正弘
   三品系・・・・伊賀守金道、丹波守吉道、越中守正俊、近江守久道
   新々刀・・・・南海太郎朝尊、千種有功
 大阪
   堀川系・・・・和泉守国貞、井上真改、津田越前守助広、近江守助直、河内守国助
   一竿子系・・・近江守忠綱、陸奥守包保、越前守包貞
   三品系・・・・丹波守吉道、大和守吉道
   新々刀・・・・月山貞吉、貞一、尾崎助隆
 江戸
   下坂系・・・・御紋康継、大和守安定、近江守継平
   長曾祢系・・・虎徹、興正、上総介兼重
   石堂系・・・・武蔵大掾是一、対馬守常光、日置光平
   その他・・・・野田繁慶、大村加ト
   新々刀・・・・水心子正秀、大慶直胤、直勝、源清麿、粟原信秀、源正雄、豊前守清人
          細川正義、長運斎綱俊、備前介宗次、一貫斎義弘
 肥前国
   忠吉系・・・・武蔵大掾忠広、近江大掾忠広、陸奥守忠吉、河内大掾正弘
          播磨大掾忠国
 薩摩国
   新 刀・・・・伊豆守正房、主水正正清、一平安代、波平安国
   新々刀・・・・奥元平、伯耆守正幸
 その他
   新 刀・・・・南紀重国、仙台国包、加賀国兼若、肥後大掾貞国、相模守政常
          水田国重、芸州輝広、三善長道
   新々刀・・・・左行秀、浜部寿格、筑前信国、角元興、山浦直雄、横山祐平
<日本刀の鑑定と鑑賞より>

 

  back top