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村雨丸(むらさめ)
関東足利家の重宝。八犬伝を代表する名刀。殺気をもって抜き放てば水気が発せられ、刀身に血糊もつかないという。霧、雨、水を司る伝説の刀である。村雨という命名もそれゆえである。
室町時代の中頃、関東管領・足利持氏(あしかがもちうじ)は叛乱をおこして京都の将軍家に滅ぼされた。その遺児をひきとった結城氏朝(ゆうきうじとも)も京都に叛いて籠城したが、援軍なく落城した。父とともに結城方に味方した里見義実(さとみよしざね)は父に「落ちのびて里見家を再興せよ」と言われて辛くも戦場を離脱。
これが里見八犬伝の始まりである。
結城合戦を戦った大塚番作(おおつかばんさく)は「関東足利家の宝を京軍に奪われないよう守り、足利家再興の期にお返しせよ」と言われて名刀村雨(むらさめ)を持って戦場を離脱。故郷武蔵国大塚(むさしのくに・おおつか)に帰るが、親はすでに亡く異母姉が婿をとって大塚の村長になっていた。そのために犬塚(いぬづか)と改名する。ある夜犬にまたがった神女があらわれて光る珠を残して消えた。直後に懐妊。こうして生まれた男子は「女の子として育てると無事に育つ」という言い伝えにしたがって信乃(しの)と命名。健やかに育った。
父が亡くなった信乃は大塚の村長夫婦の元にやっかいになっていたが、村雨丸は守り続けていた。そこに足利持氏の末子成氏(なりうじ)が関東足利家を再興したと聞く。そこで「関東足利家の重宝・村雨を成氏公に返しに行きなさい」と旅立ちをすすめた。実話、大塚の村長夫婦は信乃の許嫁にした自らの養女、浜路を領内巡視のおり大塚の陣代は、浜路に一目惚れして密かに結婚を迫ったための策であった。足利成氏に偽の刀を手渡せば信乃の命は亡き者に出来ると考えたからである
その一方で、近くに住む浪人・網乾左母二郎(あぼしさもじろう)を抱き込んで村雨すりかえを図り、これに成功。だが、大塚の村長に村雨を渡すのが惜しくなった左母二郎は、実は村雨を自分の鞘におさめていたのだ。
一方、浜路に横恋慕していた網乾左母二郎は彼女を連れ去ってしまった。浜路がいなくなってうろたえる大塚村長夫妻。しかし陣代の一行はすでにやってきた。
浜路は村雨丸が盗まれすり替えられたのを知り、信乃を救うために網乾左母二郎から刀を奪うが逆に返り討ちにあってしまう。が死ぬすんでの所で犬山道節が網乾左母二郎を倒し村雨丸は彼の手に渡る。
大塚の村長夫婦は浜路がいなくなった事実を隠しきれなくなり詫びの印として村雨を差し出した。ところがこれが真っ赤な偽物。激怒した陣代は村長夫婦を斬り殺してしまった。陣代はというとやはり元の主の仇とされ八犬士の一人、荘助に倒される。
犬山道節は、仇の関東管領扇谷定正の命を狙っており、近くの白井城に在城する機会を窺ってい、鷹狩り帰りの定正の一行の前に偽名を使って近寄り天下の名刀村雨を売りたいと近づき、定正は一瞬の隙に道節に首をはねられてしまう。
しかし定正は影武者。
定正白井在城の噂そのものが豊島の残党の動きを警戒した定正の忠臣・巨田助友(おおたすけとも)の仕組んだ罠だった。血路を開いて逃げる道節。道節はここで珠と痣の因縁を知り犬士の仲間に加わる。八犬士に合流、村雨を信乃に返す。
その後、信乃は八犬士を集め里見家再興に尽力。それに対して関東管領扇谷定正成氏は里見家をつぶすために策を労す。関東管領扇谷定正は許我公方足利成氏までも同盟にして戦う。成氏は史実にまで反して里見家をも敵にしてしまった。
その後策を破った八犬士は関東管領扇谷定正を追いつめる。定正は武蔵国河鯉に逃れ、顕定は上野国沼田に逃れて城に籠もった。許我公方足利成氏等、他の諸将は里見方の捕虜となる。
争いを知った京都の将軍家は戦争の原因を探らせたが、関東管領方に非があることを知り定正らを譴責。里見と管領方を和睦させた。捕虜となっていた許我公方足利成氏は帰国。その途中、国府台城にて犬塚信乃は成氏に村雨を返す。父番作の遺言はここにようやく成る。
時代劇マガジンより
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