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山本勘助の愛刀・左文字

材質:砂型硬質合金・薄刃仕上げ  柄部:朴の木に本鮫皮敷き純綿諸捻巻き・渡り巻きも同じ

全長 重量 鞘払いの重さ
約 106cm 約 1,460g 約 950g
刃渡り 柄部長さ その他
約 74.3cm 約 26cm 樋入り薄刃仕上げ
山本勘助は諱を晴幸、出家後道鬼斎を称したらしいが定かではない。

北海道に在住する市川氏が所蔵した武田氏関係の古文書の中から「武田晴信書状」で弘治三年六月十三日付で晴信(信玄)が直筆の書状の最後に

「重要なことは使者山本管介が口頭をもって伝える」と書かれている。

これにより勘助が使者として最前線の市川氏のもとに届けた事は知られ、江戸時代前半から浄瑠璃などの『甲陽軍艦』を元にした大衆文学より武

家大衆に一層有名になったと考えられる。

川中島の合戦で山本勘助が武田信玄に提案した「啄木鳥の戦法」が有名ですが、あてずっぽうの「山勘」は、この山本勘助の戦法を捩った言葉と

云う節があります。なお、山本勘助の愛刀は左文字と云う伝えがあります。

(NHK大河ドラマストーリー風林火山・前編より抜粋)